「その話」が二年生の教室にもたらされたのは、前回(金曜日)の「ありがとうパーティー」から、僅か三日後の月曜日、12月22日のことでした。
・・・・・・もうひとり、転校してしまう友達がいる。
かく言う私も、広報委員の集まりの帰りに職員室に顔を出した際に、担任の先生から突然聞かされ、思わず廊下に響き渡る声で「ええっ!?」と叫んでしまったほど、唐突な話でした。
翌日23日は天皇誕生日で祝日、25日は終業式なので、空いているのは24日だけ。
とにもかくにも、「ありがとうパーティー」を開かなくては! ということで、先生も子どもたちも24日の3・4時間目に向かって、ひた走り始めました。
所用で朝、教室を覗いてみたところ、大きな模造紙に色を塗ったり、あちらこちらで打ち合わせをしたりと、一分一秒を争う勢いで、パーティーの準備が行われていました。
おそらく、みんな、いつもより若干登校時間が早かったのではないかと思われます。
再び取材のために20分休みに教室を訪れたところ、飾りつけの真っ最中でした。
・・・・・・ただ、どうも空気がおかしい、と内心で首をひねります。
なんだろう、この覚えのある感じ。
しかも、先生の顔に表情がない。
何かあったな、と思いました。
その謎は、二十分休みを終えて、全員が席に着いた時に解けました。
どうやら、二時間目の授業で、数人の子が講師の先生に対して非礼を働いている様子を、先生が見てしまったようです。
強い口調で名指しで叱られた子はもちろん、全員がしんと静まり返ってしまった中、司会の二人が勇気を出して開会を宣言しました。
休み時間も廊下でこっそり練習を重ねていた成果か、「はじめのことば」の二人の息はぴったり合い、爽やかな風を吹かせ、重苦しい空気を一掃しました。
今回は、出し物を準備するような時間的余裕はなかったこともあり、今二年生の間で流行っている屋内遊び(百人一首)と、転校してしまう子の大好きな外遊び(ドッジボールと鬼ごっこ)が選択されていました。
まずは、百人一首です。
係がルールを説明しますが、どうやら全員理解しているらしく、さっさと始めようとして、「ちゃんと説明を聞くように」と雷が落ちます。
気を取り直して2~3人ごとの班に分かれ、坊主めくりが始まりました。
その後、ゲームが変わります。
ひとり6枚前後(グループの人数により変わる)の札を持ち、それを手前に並べて、先生が和歌を読むのを姿勢を良くして待ちます。
一番早くに読まれた札を見つけて「はい!」と取り上げた人が、その札を取れます。
その数を競う、百人一首をつかった、かるた取りのようなもの、という説明で伝わるでしょうか。
集中力と頭を使った後は、校庭へ。
ドッチボール大会です。
が、ここでも事件発生。
ドッジボールのボールを探していた係の子の一人が、急いだあまり、二階の教室から校庭に向かってボールを投げてしまったのです。
厳しい先生の叱責の声が、校庭に広がります。
さらに、「二十分休みの間にラインを引いておく」という事前に決めておいた約束を、ドッジボール係の面々は、すっかり忘れてしまっていたようで・・・・・・。
先生が、黙々とラインを引いていました。
気を取り直して、ゲーム開始です。
4グループに分かれ、総当たり戦で闘います。
すでに、時間はかなり押し気味です。
野球少年たちは、やはり投げ方が綺麗で、遠投力もありました。
逃げる際に、何故か常に背を向けてしまって狙われる子、果敢にボールを取りに行って当てられてしまうも、当て返して内野に戻ってくる子、と教室とは違った一面を見せていました。
「時間だよ!」の声に、鬼ごっこ係の登場です。
ルール説明も半ばで、鬼が決まった途端、駆け出す二年生たち。
ドッチボール後に先生にも指摘されて、時間が押していることに気付いているので、「早く早く!」「時間ないよ!」と声を掛け合っていました。
日なたでは、ちょっと暑いくらいの、良い天気でした。
持ち時間の関係で、二回戦がだいたい5秒くらいで終わってしまうと、ブーイングの声がちらほらでます。
集合した二年生に、ボールの扱いと、線引きの片づけに関して指示が出ると、静かに、でも早足で二年生は下駄箱に向かいました。
「今日は何のための会ですか」
この日、先生から、何度も出た問いです。
準備不足も分かります。
決められた時間を守らなければいけないことを理解していることもわかります。
楽しい時間を「もっと!」と望んでしまう気持ちもわかります。
一生懸命さも、痛いくらいに伝わってきます。
何とも表現のし難い空気を纏いながらも、きちんと静かに並ぶことが出来ました。
今日、初めての先生からのお褒めの言葉を貰って、静かに教室に戻ります。
時間は既にチャイムが鳴る数分前です。
最後の歌、「はじめの一歩」を合唱しました。
ただ、歌詞がおぼろげだったようで、何度か詰まってはいました・・・・・・。
「おわりのことば」の後に、グループごとにプレゼントを渡します。
休日を挟んで、中一日という短い時間で、でも、心を込めて作ったプレゼントです。
最後に、転校してしまう友達から一言、の時間になりました。
躊躇いなくみんなの前に出て来てきましたが・・・・・・言葉が出てきません。
何度か口を開きかけますが、そのたびにきゅっと唇を引き締めます。
待つことには定評のある二年生、時々小さなこそこそ話は起きても、みんな、静かに待ちました。
五分経過。
十分経過。
十分を過ぎたあたりで、先生が助け舟を出します。
夏のプールで、水が苦手な彼が検定を受けた時、クラスメイトたちから大きな声援を貰ったこと。
声援を受けながら、水に潜れるようになり、泳げるようにもなったこと。
声援がなかったら、もしかしたら水を嫌いなまま転校して行くことになったかもしれないよね、と先生は語りかけます。
「そんな仲間たちに、伝えることはありませんか?」
先生は、たった一言でも構わないから、何らかの言葉を口にして欲しかったのだと思います。
何を言うべきか、彼も分かっていたでしょう。
十五分経過。
沈黙は続きました。
廊下からは、給食のおいしそうな匂いが漂ってきます。
十七分経過したところで、先生が再び口を開きました。
「まだ明日、一日あります」
その言葉に、小さく頷くと、彼はほっとした表情で席へと戻りました。
12時39分、「ありがとうパーティー」終了。
この後、超特急で机を教室に運び入れ、給食の準備に取り掛かりました。
**********************************
心残りが一つあるとすれば、翌日の終業式に、彼が体調不良で学校を欠席してしまったことでしょうか。
それでも、あの十七分の沈黙を分かち合えた二年生には、言葉にはならなかった彼の心の声が、ちゃんと聞こえていたと思います。
先生は「(四日野の)みんなの声援は、もう聞こえなくなってしまうんだよ」という旨のことをおっしゃっていました。
確かに、本当の声援は届かないかもしれません。
それでも、夏の日の声援は、彼が水の中に入る時に、何かに立ち向かわなければいけなくなった時に思い出して、そのたびに彼の力になってくれるだろうことを祈ってやみません。